これから日本で飲食店チェーンの経営を目指す外国人起業家の皆さん。 「まずは経営・管理ビザを取って、来日してから店作りを始めよう」と考えてはいませんか?
もしそう考えているなら、認識を新たにする必要があります。 なぜなら、日本の入管(出入国在留管理庁)の審査ルールは、あなたの想像とは「順序が逆」だからです。
「飲食店営業許可などの許認可がない状態では、経営・管理ビザの許可は下りない」
これが基本です。 入管は、「事業の継続性・安定性」を厳しく審査します。「まだ営業許可は取っていませんが、ビザをください」と言っても、入管は「日本では許可がないと営業できませんよね? それでは事業が継続できる証明になりません」と判断し、ビザを不許可にします。
つまり、ビザの結果が出る前の段階で、物件を借り、内装工事を終わらせ、保健所の検査に合格し、「いつでも店を開けられる状態」を作らなければならないのです。これは非常に高いリスクを伴う投資なのですが、避けては通れません。
この記事では、経営・管理ビザで飲食店を経営するための「前提条件」として必須となる「保健所の営業許可」を中心に、絶対に失敗できない行政手続きのポイントを解説いたします。
目次
1. なぜ「許認可」がビザ審査の生命線なのか?
手続きの詳細に入る前に、まず「ビザ審査と許認可の関係」を正しく理解しましょう。ここを理解していないと、事業計画書と実態の矛盾を突かれ、不許可になります。
1. 入管が見ているのは「適法に営業できるか」
経営・管理ビザの要件には「事業所が確保されていること」という項目があります。飲食店の場合、ただ部屋を借りているだけでは「事業所」とは認められません。「飲食店として稼働できる法的なお墨付き(営業許可証)」があって初めて、そこは「事業所」として認められます。
したがって、ビザ申請の際には、添付書類として「飲食店営業許可証の写し」の提出が事実上必須となります(※申請中であることを証明する書類で足りる場合もありますが、許可見込みが確実である必要があります)。
2. 深夜営業の可否と「事業計画書」の整合性
もし提出した事業計画書に「営業時間は18:00~翌5:00」と書いてあり、売上予測も深夜帯を見込んでいたとします。その場合、深夜営業の届出が必要になるのですが、その物件が「住居地域」にあり、そもそも警察への深夜営業届出ができない場所だった場合、どうなるでしょうか?
入管はこう判断します。 「この事業計画は違法、または実現不可能です。よって、事業の安定性が認められず、不許可とします」
つまり、許認可(保健所・警察)の知識がないまま物件を選び、事業計画を作ると、ビザそのものが取れなくなるのです。許認可の知識は、飲食店や酒類の販売などのように許認可が必要なビジネスを計画している場合にはなくてはならない知識なのです。
2. 保健所の「飲食店営業許可」
~ビザ申請前に工事を完了させなければならない~
ビザ申請の前提となるのが、保健所の許可です。これは「書類を出せば終わり」ではありません。「内装工事を完了させ、実地検査に合格する」必要があります。
1. 失敗が許されない「事前相談」の鉄則
ビザ申請前というデリケートな時期に、数百万円、数千万円の内装工事費を投資することになります。もし工事後に「許可が出ない」となれば、ビザも取れず、借金だけが残る最悪の事態になります。
【工事着工前の図面確認】 物件契約後、内装業者から図面(レイアウト図)が上がってきたら、工事着工前に必ず管轄の保健所へ「事前相談」に行ってください。「これから経営・管理ビザを申請するために店を作ります。この図面で間違いなく営業許可が下りるか確認してください」と念押しします。
2. 検査官はここを見る! 厳格な「施設基準」
日本の保健所の基準は非常に細かく、家庭用キッチンの常識は通用しません。以下のポイントは、図面チェックの際に経営者自身が確認すべき必須項目です。
(1) シンク(流し台)の「2槽」ルール
料理を出す飲食店の場合、厨房内のシンクは、原則として「2槽式(槽が2つあるもの)」でなければなりません。
- NG例:家庭用の1槽シンク、サイズ不足の簡易シンク。
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意味:「洗浄」と「すすぎ」を分けるためです。食洗機があっても、基本的には2槽設置を求められることが多いです。
(2) 手洗い設備の「水栓」トラップ
これが最も指摘されやすいポイントです。厨房内とトイレにそれぞれ手洗い専用設備が必要ですが、「蛇口の形状」が厳しく問われます。
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NG例:ハンドルを回すタイプ(手動式)
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理由:洗った後の綺麗な手で、水を止めるためにハンドルを触ると、再び菌が付着する(再汚染)からです。
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OK例:レバー式、センサー式、足踏み式
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肘や手首、センサーで操作でき、手指を使わずに水が止められる構造でなければなりません。
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(3) 厨房と客席の「区画」
「客が勝手に厨房に入れない構造」が必要です。
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カウンターにスイングドア(ウエスタンドア)を設置する。
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床の材質を変える(厨房は耐水性のある床、客席は木材など)。
(4) 冷蔵庫の温度計
業務用の冷蔵庫なら問題ありませんが、コールドテーブルや冷凍ストッカーなど、外側に温度表示がない機種を使う場合、「隔測温度計(外から中の温度が見える温度計)」の設置などが必要です(自治体によって異なります)。
3. 「食品衛生責任者」の確保はビザ申請の必須条件
施設(ハード)だけでなく、人(ソフト)の要件も満たす必要があります。 各店舗に1名、「食品衛生責任者」を選任しなければなりません。
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誰がなるか?: 経営者本人がなることも可能ですが、多店舗展開やビザ審査の観点からは、「常勤の店長(日本人や永住者、あるいは特定技能外国人など)」を選任する方が望ましいです。 経営・管理ビザの申請人は「経営」に専念すべきであり、現場の衛生管理につきっきりになることは矛盾が生じやすいからです。
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資格取得: 1日講習を受けるだけで取得できますが、講習は日本語です。
4. ビザ申請までのタイムライン
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会社設立・物件契約
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内装工事着工
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保健所への事前相談(図面チェック)
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工事完了
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保健所への営業許可申請 & 実地検査
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【営業許可証の交付】 ← ここで初めてビザ申請の条件が整う!
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入管へ「経営・管理ビザ」申請(許可証の写しを添付)
3. 警察署への「深夜酒類提供」届出
~その場所で深夜営業ができなければ、収益計画は崩壊する~
次に重要なのが、バーや居酒屋の生命線である「深夜営業」です。 もし深夜0時から午前6時までの時間帯にお酒をメインで提供する場合、保健所の営業許可に加えて、警察署への「深夜酒類提供飲食店営業開始届出」が必要です。
これもビザ審査に直結します。深夜0時以降もお酒を提供するお店なのに警察への届出をしていなければ、 入管は許可を出しません。もし、その場所で、その事業計画が合法的に実現できないということであれば、営業形態の変更や、場所選びを見直さなければなりません。
1. 物件契約前に確認すべき「用途地域」
深夜営業はどこでもできるわけではありません。「場所(用途地域)」の制限が非常に厳しいのです。
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営業NGエリア(住居系地域) 「第一種低層住居専用地域」「住居地域」など。ここは人が静かに暮らすエリアなので、深夜の酒類提供は法律で禁止されています。
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営業OKエリア(商業系地域) 「商業地域」「近隣商業地域」など、駅前や繁華街のエリア。
物件を契約する前に、必ず不動産屋または市役所で「ここは商業地域ですか?」と確認してください。
2. 図面の精度が求められる「求積図」
届出には、店舗の正確な図面(平面図や求積図)が必要です。 客席の面積、調理場の面積などを細かく計算し、照明や音響設備の位置も記載します。 この図面は、営業許可の図面よりもさらに精度が求められ、1cm単位の誤差も許されないことがあります。
3. 構造設備の「1メートル規制」
警察は「店内の見通し」を気にします。犯罪や風俗営業(隠れて接待など)の温床になるのを防ぐためです。
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高さ1m以上の仕切り禁止: 客席の中に、床から1メートルを超える高さのパーティション、背の高い椅子、観葉植物、棚などを置いてはいけません。
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照明の明るさ: 20ルクス以上の明るさが必要です。暗すぎる照明はNGです。調光器(スライダックス)がある場合は、一番暗くしても20ルクス以上ある必要があります。
4. 届出のタイミング
深夜酒類提供の届出は、「営業開始の10日前まで」に行う必要があります。 保健所の営業許可が下りた後、すぐに警察署へ提出します。 この「届出書の控え」も、ビザ申請時の補強資料として非常に有効です。「警察への手続きも完了しており、適法に深夜営業ができる体制です」という証明になるからです。
4. 絶対に混同してはいけない「風俗営業許可」
ここで、外国人経営者がビザ審査において最も警戒すべき「接待」について、簡潔に補足します。
入管は、外国人が「スナック」や「キャバクラ」などの風俗営業に関与することを、非常に慎重に審査します(資格外活動などの温床になりやすいため)。 あなたの店が「健全な飲食店」であることを証明するためにも、以下のルールを明確に区別してください。
「深夜酒類提供」と「風俗営業」は両立しない
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深夜酒類提供(バー・居酒屋): 朝まで営業できるが、接待(客の横に座る、デュエットする等)は絶対禁止。
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風俗営業(スナック・キャバクラ): 接待はできるが、深夜0時(地域により1時)以降の営業は禁止。
ビザ申請の事業計画書において、「朝まで営業します」と書きつつ、サービス内容に「スタッフがお客様をもてなします」のような記述があると、入管は「違法営業(無許可風俗営業)をするつもりではないか?」と疑います。 「接待は一切行わない」ということを、事業計画書や店舗のコンセプト説明で明確に否定しておくことが、スムーズな許可への鍵となります。
5. 侮れない音楽の「著作権」
最後に、店舗で流す音楽についてです。これは入管への申請の前提条件としての許認可ではありませんが、「法令順守(コンプライアンス)」の問題としてきちんと対応しておきましょう。著作権の侵害には刑罰が科されることもあり、もし罰金が科されるなどした場合は、経営・管理ビザの更新時に不許可となる可能性があります。
BGM
飲食店の店内でどんな音楽が流れているかは、お店の雰囲気を大きく左右しますので、BGMはなくてはならない存在です。
お店でBGMとして音楽を流す場合は、音楽の著作権を管理する日本音楽著作権協会(JASRAC)等への著作権使用料の支払い(年額6,000円~)が必要です。許諾を取れば、自分で買ったCDなどを流すことが可能になります。
なお、個人のアカウントでSpotifyやApple Musicなどの音楽を流すことはできません。個人用のアカウントは、あくまで「私的利用」に限られています。店舗という「営利目的」の場で流すことは規約違反であり、著作権侵害になります。
チェーン展開を目指す経営者としては、「USEN」などの業務用BGMサービスと契約することもおすすめです。業務用BGMサービスは、JASRAC等への著作権処理がクリアされていますので、お店側が別途の手続きをする必要がなく、安心して使うことができます。
カラオケ
居酒屋やバーなどで、カラオケ機器を設置する場合は、BGMとは別の手続きが必要です。通常、カラオケ機器のリース業者が手続きを代行してくれますが、契約主体はあくまでも経営者です。 お店の広さや定員数によって料金(月額3,500円~)が決まっています。たとえ「今月は誰も歌わなかった」としても、機器が設置され、いつでも歌える状態であれば、使用料の支払い義務が発生します。
生演奏・イベント
店内にピアノを置いて演奏したり、DJイベントを行ったりする場合も手続きが必要です。 年間を通じて頻繁に演奏がある場合は、年間契約(包括契約)を結びます。 たまにしかイベントをしない場合は、イベントごとに「どの曲を何回演奏したか」を申請して支払います。
6. まとめ
以上、解説してきましたとおり、「保健所の営業許可」や「警察への届出」は、経営・管理ビザを取得するための「前提条件(証拠書類)」です。
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物件選定:用途地域(深夜営業可否)を確認する。
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内装工事:保健所の基準(2槽シンク、レバー式水栓等)をクリアする。
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許可取得:営業許可証を手に入れる。
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ビザ申請:許可証を添付し、適法な事業であることを証明する。
この順序を守らなければ、ビザは取れません。 しかし、内装工事や図面作成、警察への書類作成は非常に専門的で、日本語の細かいニュアンスやローカルルール(自治体ごとの違い)が壁になることがあります。
ここで頼りになるのが、行政書士(Gyoseishoshi Lawyer)です。 行政書士は、入管へのビザ申請のプロであると同時に、保健所や警察署への許認可申請のプロでもあります。
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ビザ申請に強い行政書士に依頼すれば、事業計画書と許認可の整合性を完璧に合わせてくれます。
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許認可に強い行政書士に依頼すれば、工事前に図面チェックを行い、無駄な工事費を防いでくれます。
飲食店チェーンの成功は、最初の「土台作り」にかかっています。 専門家をフル活用し、完璧に許認可を整えた上で、堂々と経営・管理ビザを勝ち取ってください。あなたのビジネスが、日本の法規制をクリアし、大成功を収めることを心より応援しております。



