留学生の採用における在留資格(ビザ)の手続きは、中途採用の外国人を雇用する場合とくらべて、「審査のハードルが高い」場合があります。 なぜなら、すでに社会人としての実績がある中途採用者とは異なり、留学生は「実務経験ゼロ」であり、かつ「アルバイト等で日本の法律(入管法)を守っていたか」という素行面まで問われるからです。
この記事では、特に「留学ビザから技術・人文知識・国際業務ビザへの変更」という局面に特化し、審査官がどこを疑い、どこをチェックするのかという「審査の裏側」を解説しています。参考にしていただければ幸いです。
目次
1. なぜ「留学生からの変更」は難しいのか?
すでに日本に住んでいて、 「日本の大学を出ているのだから、簡単にビザが出るだろう」 この油断が、最大の敵です。
入管の審査官は、留学生からの変更申請に対して、性悪説に近い視点で以下の疑いを持っていると考えられます。
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「勉強もせずに、アルバイトばかりしていたのではないか?」(資格外活動違反の疑い)
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「学校で学んだことと関係ない、人手不足の現場仕事をやらせるのではないか?」(単純労働の疑い)
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「学校の成績が悪く、真面目に学生生活を送っていなかったのではないか?」(素行不良の疑い)
中途採用であれば「職歴」が重視されますが、新卒採用では「学生時代の過ごし方」と「学問と業務の紐付き」が全てです。ここをクリアに証明できなければ、内定は画餅に帰すでしょう。
2. 採用面接で必ず確認すべき3つのポイント
ビザの審査は、申請してから始まるのではありません。「誰に内定を出すか」を決める面接の時点ですでに始まっています。 ここで「ビザが取れない学生」を見抜かなければ、その後の労力はすべて無駄になってしまいます。
1. 資格外活動(アルバイト)のオーバーワーク
留学生の不許可理由で最も多く、かつ救済が難しいのがこれです。 留学生は「資格外活動許可」を得てアルバイトをしますが、これには「週28時間以内」という決まりがあります(学校の長期休暇中は週40時間まで可)。
黙っていればわからないだろうと思ってはいけません。疑わしい点があれば、入管は、自治体や税務署と連携を取り、納税の状況などを調査することができますし、アルバイト先に照会して勤務状況を確認することもあります。
担当者がチェックすべきポイント
面接時に、以下の質問を必ず投げかけ、裏付け資料を確認してください。
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質問:「アルバイトは週何時間していましたか? 掛け持ちはしていましたか?」
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「週3~4日、1日5時間くらいです」という回答なら安全圏です。
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「夜勤をしていました」「掛け持ちで毎日働いていました」という回答は危険信号です。
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確認資料:「直近の給与明細」または「源泉徴収票」
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可能であれば、選考の最終段階で「直近1年分の課税証明書(市役所で取得)」を提出させてください。これが最も確実です。
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【危険ライン】:年収が150万円~170万円を超えている場合、時給換算で週28時間を超えている可能性が極めて高いです。
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もしオーバーしていたら?
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軽微な場合(数万円の超過など):本人の反省文を添付することで許可される余地があります。
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悪質な場合(恒常的な超過、年収200万円超えなど):不許可の可能性「大」です。採用を見送る英断が必要です。
2. 出席率と成績(特に専門学校生)
大学(学士)の場合、卒業さえできれば成績はそこまで厳しく問われませんが、専門学校生の場合は「出席率」と「成績」が大事です。
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出席率:専門学校での出席率が80%を切っている場合、理由の如何に関わらず黄色信号、70%台なら赤信号です。「勉強をしていない=留学の目的を果たしていない」とみなされ、就労ビザへの変更が認められません。
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成績:履修科目の成績が「可」ばかり、あるいは単位ギリギリの場合、「専門知識を習得した」とはみなされず、技術・人文知識・国際業務ビザの要件(専門性)を満たさないと判断されるリスクがあります。
担当者がチェックすべきポイント
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必ず「成績証明書」を提出させ、出席率と成績を確認してください。
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特に、日本語学校時代の出席率が悪かった学生は、専門学校でも繰り返している可能性があります。
3. 専攻内容と自社業務の「ミスマッチ」
ここが企業の採用担当者様が最も悩み、誤解するポイントです。 「優秀だから営業で採用したい」と思っても、その学生の専攻が「声優学科」や「アニメーション学科」であれば、許可は下りません。
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大学卒(学士)の場合:
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「広義の関連性」があれば認められます。法学部卒が営業、文学部卒が総務など、文系職種であれば比較的柔軟です。
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専門学校卒(専門士)の場合:
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「狭義の関連性(直結)」が必須です。
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NG例:服飾デザイン科卒 ⇒ 飲食店の店長候補
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NG例:自動車整備科卒 ⇒ ITプログラマー
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OK例:通訳翻訳科卒 ⇒ ホテルのフロント(外国人対応)
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OK例:情報処理科卒 ⇒ SE
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担当者がチェックすべきポイント
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専門学校生を採用する場合は、必ず「履修科目一覧」を見て、自社で担当させる業務に関連する科目を履修しているか、単位を取っているかを確認してください。こじつけでは通りません。
3. 配属部署と業務内容の設計
内定を出すときには、社内で「その学生に何をさせるか」を固めておく必要があります。ここで設計を誤ると、入管への申請書類でつじつまが合わなくなってしまいます。
1. 「単純労働」の完全排除
「技術・人文知識・国際業務」ビザにおいて、以下の業務は「絶対禁止」です。これを主たる業務として申請書に書くと、即座に不許可になります。
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禁止業務の例
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飲食店のホールでの配膳、片付け、皿洗い
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厨房での調理(調理師ビザではないため)
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ホテルの客室清掃、ベッドメイク
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工場のライン作業、検品、梱包
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建設現場での肉体労働、手元作業
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ドライバー、配送、倉庫内作業
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コンビニ・スーパーのレジ打ち、品出し
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2. 「実務研修(OJT)」の扱い方
「将来は幹部候補だが、現場を知るために最初はホールや工場に入ってほしい」 この要望は企業として当然ですが、入管には慎重に伝える必要があります。
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OKな書き方(キャリアプランの提示)
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「採用後〇ヶ月間は、現場の業務フローや顧客ニーズを理解するための実務研修期間とする。その後、本社にて店舗管理・マーケティング業務に従事する。」
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ポイント:期間を明確に区切ること(長くても1年以内、通常は3~6ヶ月)。そして、研修終了後の「本来の業務(専門業務)」が確約されていること。
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NGな書き方
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「当面の間、現場業務に従事する。」(いつ終わるか不明=単純労働要員とみなされる)
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「人手が足りない店舗の応援に入る。」
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3. 文系・理系のクロスオーバー
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文系学生をITエンジニアにする場合:
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大学卒であれば、入社後の研修制度が整っていることを説明すれば許可される可能性が高いです。ポテンシャル採用が認められます。
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理系学生を営業にする場合:
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「技術営業(セールスエンジニア)」として、専門知識を活かして顧客に説明する役割であれば認められます。単なる物売りでは難しい場合があります。
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4. 提出書類のポイント
カテゴリー3(中小企業)やカテゴリー4(新設企業)の場合、審査の合否の8割は「雇用理由書(採用理由書)」の出来栄えで決まると言っても過言ではありません。 以下の構成要素を網羅し、A4用紙1~2枚で論理的に作成してください。
1. 雇用理由書に書くべき項目
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企業の概要とビジョン
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「当社は〇〇事業を行っており、今後は海外展開(またはインバウンド対応、DX化など)を目指している。」
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外国人を採用する「必然性」をここで語ります。
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業務内容の詳細(専門性の証明)
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「申請人には、〇〇部において、海外顧客との折衝、契約書の翻訳、現地マーケットの調査分析を担当させる。」
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ここで「知的素養が必要な業務であること」を強調します。
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※「接客」や「販売」という言葉は、「単純労働」と誤解されやすいため、「顧客コンサルティング」「商品提案」などの言葉を選ぶ等の工夫が必要です(あくまでも実態と乖離しない範囲で)。
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学生の能力とのマッチング(関連性の証明)
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「申請人は、〇〇大学において経済学を専攻し、国際貿易論やマーケティングの単位を取得している。」
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「この学術的知識は、当社の〇〇業務を遂行する上で不可欠な基礎能力である。」
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「また、母国語である〇〇語と、N1レベルの日本語能力を活かし、社内のブリッジSEとしての活躍を期待している。」
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待遇の日本人同等性
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「給与等の待遇は、当社の日本人大卒初任給規定に基づき、月額〇〇万円を支給する。」
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2. 会社側が用意するその他の書類
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決算文書(直近1期分)
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赤字の場合:即不許可ではありませんが、「事業計画書」を追加し、「今は赤字だが、来期以降は回復する。外国人を雇っても給料は払える」ということを数字で証明しなければなりません。
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債務超過の場合:審査は非常に厳しくなります。中小企業診断士等の評価が入った再建計画が必要になるレベルです。
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会社案内・HPのコピー
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事業内容が分かりにくい会社や、HPがない会社は、「実体のないペーパーカンパニー」と疑われる可能性があります。写真付きの詳細な会社案内を作成してください。
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5. 申請手続きのスケジューリングと申請の実務
4月1日入社を目指す場合の、理想的なスケジュールと手続きの細部です。
1. 12月1日から申請受付開始
入管は例年、4月入社予定者の変更申請を前年の12月1日から受け付けます。
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推奨アクション:
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11月末までにすべての書類を揃える。
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12月に入ったら即座に申請する。
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理由:
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1月~3月は、留学ビザの更新時期とも重なり、入管は一年で最も混雑します。審査期間も通常より長引きます(2ヶ月~3ヶ月かかることもザラです)。
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12月に出せば、2月中には結果が出る可能性が高く、万が一の追加書類要求やトラブルにも余裕を持って対応できます。
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2. 「卒業見込証明書」での申請と「卒業証書」の追完
申請時点(12月~2月)では、学生はまだ卒業していません。
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申請時:「卒業見込証明書」を提出して審査を進めてもらう。
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3月(卒業式後):入管から「結果が出たから来てください」というハガキが届く。
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窓口:学生が「卒業証書(原本)」または「卒業証明書」を持参し、窓口で提示・提出する。
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交付:その場で新しい在留カードが交付される。
※重要:もし単位不足で卒業できなかった場合、内定は取り消しとなり、ビザ申請も「取下げ書」を提出してキャンセルしなければなりません。
3. 申請人
原則として、学生本人が入管の窓口に行きますが、 雇用する企業の職員が入管から申請等取次者としての承認を受けている場合や、申請取次者の資格を持つ行政書士等が依頼を受けた場合は、本人に代わって申請することができます。
6. 追加資料提出通知への対応
申請から1~2ヶ月後、入管から会社または学生の自宅に封筒が届くことがあります。これが「資料提出通知書」です。 これへの対応を間違えると、即不許可になります。
1. よくある追加要求とその意図
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「申請人の詳細な業務内容説明書および1日のスケジュール」
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意図:単純労働の疑い。「本当に専門的な仕事があるのか?」「お茶汲みやコピー取りばかりではないか?」を疑っています。
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対策:分単位のスケジュールではなく、「企画会議:2時間」「資料作成:3時間」「顧客対応:2時間」のように、専門業務の割合が高いことを示すグラフや説明文を作成します。
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「履修科目と業務内容の関連性を説明する理由書」
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意図:ミスマッチの疑い。特に専門学校生や、文系学生を技術職にする場合に問われます。
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対策:大学のシラバス(講義要項)のコピーを添付し、「この授業で学んだ〇〇の理論は、当社の××業務の基礎となる」と具体的に紐付けます。
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「申請人の全アルバイト先からの源泉徴収票および課税証明書」
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意図:オーバーワークの確信。入管はすでに所得情報を把握しており、裏付けを取りに来ています。
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対策:隠さず提出します。もしオーバーしていることが数字で明らかになった場合、同時に「反省文(なぜ超えてしまったか、今は反省しているか)」を提出し、情状酌量を求めます。
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2. 期限厳守
通知書には「〇月〇日までに提出してください」と期限が書かれています。これを1日でも過ぎると、不許可になる可能性があります。間に合わない場合は、必ず電話を入れて猶予をもらってください。
7. 入社後の管理と更新
無事にビザが下りても、終わりではありません。ここからの管理が企業の責任です。
1. 在留カードの現物確認とコピー
入社日当日、必ず以下の確認を行ってください。
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在留資格の種類:「技術・人文知識・国際業務」になっているか。
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在留期間:1年か、3年か、5年か。
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新卒や中小企業の場合、初回は「1年」になることがほとんどです。がっかりする必要はありません。
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在留期限:いつ切れるか。
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人事管理システムにアラートを設定し、期限の3ヶ月前から更新準備を始められるようにしてください。
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2. 外国人雇用状況届出(ハローワーク)
日本人社員の雇用保険手続きとは別に、「外国人雇用状況届出」が必要です。
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期限:雇い入れの翌月末日まで。
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提出先:管轄のハローワーク(オンライン申請も可)。
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罰則:届出を怠ると30万円以下の罰金対象です。
3. 転職・退職時の手続き
せっかく採用した留学生が早期退職してしまった場合。
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ハローワークへ離職の届出(外国人雇用状況届出)。
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入管へ「中長期滞在者の受入れに関する届出(受入れの終了)」を14日以内に行う義務があります。
4. 業務内容の変更(配置転換)
数年後、人事異動で部署が変わる場合、注意が必要です。
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OK:営業部 ⇒ 経理部(文系職種間の異動)
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NG:営業部 ⇒ 物流センターでの梱包作業(専門外への異動)
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微妙:営業部 ⇒ システム開発部(文系出身の場合、ビザ更新時に説明が必要になる可能性あり)
8. よくあるQ&A
Q1. 専門学校卒ですが、本国で大学を出ています。どちらの学歴を使えばいいですか?
A. 原則として「本国の大学卒業」の学歴を使って申請すべきです。 本国の大学卒(学士)であれば「広義の関連性」で審査され、職種の幅が広がります。日本の専門学校卒として申請すると「狭義の関連性」が求められ、審査が厳しくなります。 ただし、申請書には両方の学歴を記載し、卒業証明書も両方出してください。
Q2. 翻訳・通訳で採用したいのですが、仕事量がそこまであるか不安です。
A. 兼務業務の内容が重要です。 「翻訳・通訳」だけでフルタイムの業務量がない場合、それ以外の時間は何をするのかが問われます。 「翻訳以外の時間は、海外取引先の書類作成やメール対応(貿易事務)」であればOKです。 「翻訳以外の時間は、梱包作業や電話番」だと、単純労働とみなされ不許可になります。
Q3. どうしても現場作業(単純労働)も手伝ってほしいのですが。
A. 「特定技能」ビザの検討をお勧めします。 「技術・人文知識・国際業務」では現場作業はできません(研修を除く)。 もし、現場作業(外食、宿泊、製造など)をメインでやってほしいのであれば、無理にこのビザを狙わず、「特定技能1号」のビザ取得を目指す方が安全かつ合法的です。 ※ただし、特定技能は試験合格が必要です。
Q4. 契約社員でもビザは取れますか?
A. 取れます。 正社員である必要はありません。契約社員でも、業務内容と給与水準が要件を満たしていれば問題ありません。ただし、契約期間が短すぎる(数ヶ月など)と、安定性を疑われるため、最低でも1年契約が望ましいです。
9. 採用担当者が持つべき「3つの心構え」
最後に、数多くの申請を見てきた経験から、担当者様に持っていただきたい心構えをお伝えします。
1. 「学生任せにしない」
「ビザは本人の問題だから」と突き放してはいけません。学生はビザのプロではありませんし、日本のビジネス文書(理由書など)を作成する能力も未熟です。「会社が主導してビザを取る」という姿勢がなければ、許可率は上がりません。
2. 「嘘をつかない・隠さない」
不都合な事実(アルバイト超過や赤字決算など)を隠して申請しても、入管の調査能力の前では必ずバレます。虚偽申請は、その学生だけでなく、企業の信用(今後の外国人採用すべて)を傷つけます。 不都合な事実は、正直に申告し、合理的な理由と対策を説明することでリカバリーを図ってください。
3. 「専門家を頼る勇気」
自社だけで判断がつかない場合、過去に不許可歴がある場合、特殊な職種の場合などは、無理をせず「申請取次行政書士」に相談・依頼してください。 ビザ申請は「一発勝負」です。一度不許可になると、リカバリーには倍以上の労力がかかります。コストはかかりますが、採用コスト全体から見れば、確実性を買うための必要な投資です。
10. おわりに
外国人留学生の採用は、企業に新しい風を吹き込み、多様性と活気をもたらす素晴らしい取り組みです。 しかし、その入り口である「ビザ申請」で躓いてしまっては、何も始まりません。
本記事が、貴社の採用活動における羅針盤となり、優秀な人材が無事に入社の日を迎えられる一助となれば幸いです。 貴社のさらなるご発展と、新しい仲間の活躍を心よりお祈り申し上げます。



