少子高齢化が進み、働く人の人口が減少している現在の日本において、意欲と能力にあふれる外国人材の活躍は、企業の持続的成長になくてはならないものとなっています。特に、日本の教育システムを理解し、高い日本語能力と異文化理解力を兼ね備えた「日本の大学等を卒業する留学生」は、まさに宝ともいえる存在です。
しかし、こうした優秀な人材を採用する上で、多くの企業が直面してきたのが在留資格の壁です。それは、とりわけ最も一般的な就労ビザである「技術・人文知識・国際業務」の制約でした。専門的な業務に限定され、新卒社員に不可欠な現場研修やOJT(On-the-Job Training)との相性がいいとはいえないこの在留資格は、採用のミスマッチやキャリアパスの制限を生む一因となっていました。
この課題を解決するために、2019年に創設されたのが、「特定活動46号」という在留資格です。
この記事では、この「特定活動46号」という在留資格に焦点を当て、その本質的な内容から、「技術・人文知識・国際業務」との違い、そしてこの資格を戦略的に活用するメリットを、外国人材の採用に携わるご担当者様に向けて解説いたします。
目次
1. 在留資格「特定活動46号」とは何か?
「特定活動46号」はどのような在留資格なのか?一言で言えば、「日本の大学等で学んだ優秀な留学生が、その高い日本語能力と専門知識を活かして、日本社会で幅広く活躍すること」を目的として設けられた、特別な在留資格です。
従来の「技術・人文知識・国際業務」が、大学での専門分野と職務内容が直結した、いわば「専門職」としての就労を前提としていたのに対して、「特定活動46号」は、より柔軟な「総合職」や「幹部候補生」としてのキャリアパスを想定しています。つまり、大卒等の日本人を雇用する場合と同様の働き方とキャリアパスが可能になるということなのです。
対象となる外国人材の要件
この在留資格を取得するためには、まず外国人本人が以下の要件をすべて満たす必要があります。
学歴要件:日本の教育機関の卒業者であること
日本の大学(短期大学、大学院を含む)または高等専門学校を卒業(修了)していることが必須です 。
日本の専修学校を卒業し、「専門士」または「高度専門士」の称号を付与された者も対象となります 。
注意点として、海外の大学を卒業しただけでは対象にならず、あくまで日本の高等教育機関で学んだ人材が対象になります。
日本語能力要件:極めて高い日本語能力を有していること
円滑なコミュニケーション能力が求められるため、以下のいずれかの方法で高い日本語能力を証明する必要があります 。「N2」では要件を満たさないなど、非常に高いレベルが求められるのが特徴です。
・日本語能力試験(JLPT)で「N1」に合格していること。
・ビジネス日本語能力テスト(BJT)で480点以上を取得していること。
・外国の大学で日本語を専攻して卒業していること。
雇用する企業側の要件
・本人とフルタイムの雇用契約を締結していること。
・日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上の報酬を支払うこと 。
・従事させる業務が、本人が大学等で学んだ広い知識や応用的な能力、そして高い日本語能力を活かすものであること。
2. 「技術・人文知識・国際業務」との比較
「特定活動46号」の価値を理解するためには、「技術・人文知識・国際業務」との違いを正確に把握しておく必要があります。両者は似ているようで、その本質、特に「認められる業務範囲」において大きな違いがあります。
技術・人文知識・国際業務 | 特定活動46号 | |
---|---|---|
対象者 | 国内外の大学・専門学校等の卒業者 | 日本国内の大学・専門学校等の卒業者 |
専門性の要件 | 専門分野と業務との間に強い関連性が必要 | 専門分野と業務との間に柔軟な関連性で可能 |
日本語能力 | 必須ではない | 日本語能力試験N1以上などが必要 |
業務範囲 | 専門分野に限定される(原則的に単純作業は不可) | 幅広い業務(付随的に単純作業も可能) |
キャリアパス | スペシャリスト(専門職)向け | ジェネラリスト(総合職・幹部候補)向け |
上記の比較表で、最も重要で、最大の違いは「業務範囲」の広さだといえるでしょう。
「技術・人文知識・国際業務」の業務範囲
この在留資格では、法律上、許可された専門的活動以外の活動に従事することは認められていません。特に、店舗でのレジ打ち、接客、商品の陳列、工場の製造ラインでの作業といった、いわゆる「単純作業」と見なされる業務を行うことは、不法就労と判断されるリスクが常に伴います 。
このため、例えば「マーケティング担当者」として採用した人材に、市場理解のため長期間にわたり店舗での販売業務を任せる、といった柔軟な人員配置が困難でした。
「特定活動46号」の業務範囲
この在留資格は、「円滑な意思疎通を要する業務」が活動の根幹にあると解釈されています。そのため、大学で学んだ知識を活かすことを前提としつつも、その業務に付随して、日本人社員と同様に現場での実務(単純作業を含む)を行うことが可能です 。
これにより、例えば総合職として採用し、「将来のエリアマネージャーを育成するために、まずは1年間、店舗で接客とオペレーションを学んでもらう」といった、日本企業で一般的なOJTやジョブローテーションが、在留資格のリスクを懸念することなく実施できるのです。
3. 「特定活動46号」を選択するメリット
この在留資格を戦略的に活用することは、企業にとって以下のような大きなメリットをもたらします。
メリット1:柔軟な人材育成とキャリアパスの提供が可能になる
前述の通り、現場業務を含む幅広い業務に従事させることができるため、採用のミスマッチを防ぎ、より現実に即した人材育成が可能です。
飲食・小売・サービス業:将来の店長やスーパーバイザー候補として、まずはホールスタッフや販売員として現場の最前線を経験させ、顧客理解とオペレーションスキルを習得させることができます 。
製造業:将来の生産管理者や海外営業担当として、まずは工場の製造ラインに入り、製品知識や品質管理の基礎を体で覚えさせることができます。
ホテル・旅館業:将来の支配人や企画担当として、フロントでの接客、予約管理、コンシェルジュ業務など、ホテルの根幹をなす業務を幅広く経験させることができます。
このように、日本人新卒社員と同じように、現場経験を土台とした実践的なキャリアパスを気兼ねなく提供できるのが最大のメリットです。
メリット2:高いレベルでの円滑なコミュニケーションが保証される
「日本語能力試験N1」は、非常に高度な日本語能力の証明です 。この厳しい要件があるため、「特定活動46号」で採用する人材は、日本人社員や顧客との間で、業務上の複雑な指示や微妙なニュアンスまで含めて、円滑なコミュニケーションが取れることが客観的に保証されています。これは、チームでの業務遂行や顧客満足度向上において、計り知れない価値を持ちます。
メリット3:大学での専門分野の制約が緩和される
「技術・人文知識・国際業務」では、大学での専攻と業務内容の直接的な関連性が厳しく問われます。しかし、「特定活動46号」では、その関連性の審査がより柔軟に行われます。大学で学んだ「広い知識」や「応用的能力」を、高い日本語能力を介してどのように業務に活かすか、という視点で判断されるため、採用可能な人材の幅が大きく広がります。
4. 運用上の注意点
多くのメリットがある一方で、運用上の注意点があります。
「単純作業のみ」の業務は認められない
柔軟な業務範囲が認められているとはいえ、その活動内容が「単純作業のみ」で構成されている場合は許可されません 。「特定活動46号」は、あくまで専門性や知識を活かす活動が主であり、単純作業はそれに付随するもの、という位置づけです。申請の際には、本人のキャリアプランの中で、現場業務がどのような意味を持つのかを合理的に説明する必要があります。
また、以下の業務についてもおこなうことができません。
・風俗営業活動:接待を伴う飲食店、パチンコ店、マージャン店、ゲームセンターなどでの勤務
・法律上資格を有する者が行うこととされている業務:弁護士、税理士、行政書士、医師などの独占業務
5. 提出書類
在留資格認定証明書交付申請書 1通 | 出入国在留管理庁のホームページからダウンロードできます |
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写真 1枚 | サイズ:縦4㎝×横3㎝ |
返信用封筒 1通 | 定型封筒に簡易書留分の郵便切手を貼ったもの |
労働条件を明示する文書 1通 | 労働者に交付する労働条件通知書など |
雇用理由書 1通 | 所属機関が作成し、所属機関名及び代表者の記名をしたもの。様式は自由。 |
学歴を証明する文書 (右記のいずれか1通) | ・大学又は大学院の卒業(修了)証書(写し)又は卒業(修了)証明書 ・短期大学又は高等専門学校の卒業証書(写し)又は卒業証明書、専門職大学修了証書(写し)又は修了証明書 ・独立行政法人大学改革支援・学位授与機構が交付した学位記(写し)又は学位授与証明書 ・高度専門士の称号を付与されたことを証明する文書 |
日本語能力を証明する文書 (右記のいずれか1通) | ・日本語能力試験N1又はBJTビジネス日本語能力テスト480点以上の成績証明書(写し) ・外国の大学において日本語を専攻した場合は、当該大学の卒業証書(写し)又は卒業証明書 |
事業内容を明らかにする資料 (右記のいずれか1通) | ・勤務先の沿革、役員、組織、事業内容(主要取引先と取引実績を含む。)等が記載された案内書 ・その他の勤務先等の作成した上記に準ずる文書 ・勤務先のホームページの写し(トップページのみで可) ・登記事項証明書 |
6. 「雇用理由書」のポイント
手続きは、留学生が現在持つ「留学」ビザから「特定活動46号」への「在留資格変更許可申請」として行います。基本的な流れや必要書類(申請書、卒業証明書、会社の決算書、雇用契約書など)は「技術・人文知識・国際業務」の申請と大きくは変わりません。
しかし、この申請において特に重要になるのが「雇用理由書」です。この書類の中で、以下の点を明確に、かつ説得力をもって説明する必要があります。この雇用理由書の内容しだいで、許可・不許可を大きく左右すると言っても過言ではありません。
日本語能力の高さ
N1合格証などを添付し、高いコミュニケーション能力があることをアピールします。
具体的な職務内容
どのような業務に従事するのかを詳細に記述します。その際、専門的業務と現場業務がどのように関連し合っているのか、キャリアステップの中で現場業務がなぜ必要なのかを具体的に説明します。(例:「入社後1年間は店舗運営の基礎を学ぶため販売業務に従事し、2年目以降はその経験を活かして本社マーケティング部で商品企画を担当する」など)
大学での学びと業務の関連性
大学で学んだ知識やスキルを、これらの業務を通じてどのように活用していくのかを記述します。
7. おわりに
「特定活動46号」は、これまでの就労ビザの常識を覆し、日本企業の人材戦略に新たな可能性をもたらす、非常に画期的な在留資格です。特に、新卒採用において日本人と同じようにOJTやジョブローテーションを取り入れたいサービス業、小売業、製造業などの企業にとっては、まさに待望の制度と言えるでしょう。
「技術・人文知識・国際業務」の厳格な枠組みでは採用できなかった、ポテンシャルの高い「総合職・幹部候補生」を獲得するための強力なツールとなります。
もちろん、その申請には特有のポイントがあり、丁寧な準備が求められます。もし、この制度の活用にご興味があり、申請手続きに万全を期したいとお考えの場合は、私たちのような出入国管理業務を専門とする行政書士にご相談ください。貴社の人材戦略に最適な形でこの在留資格を活用し、採用を成功に導くためのサポートをさせていただきます。