日本で自らのビジネスを立ち上げたいと願う外国人起業家にとって、日本の入管制度は「あまりにも高く、冷たい壁」として立ちはだかっているのではないでしょうか。
「日本で会社を経営したいなら『経営・管理ビザ』を取りなさい。ただし、申請する前にオフィスを借りて、資本金3,000万円を用意しなさい」
このルールは、卵が先か鶏が先かというジレンマを生みました。「ビザがないとオフィスが借りられないし、銀行口座も作れない。それなのに、ビザを取るためにはオフィスと資本金の払い込み証明が必要だ」――この矛盾の前に、多くの志ある起業家が涙を飲んでいます。
しかし、自力では乗り越えることが難しかったその壁を乗り越えるための支援があることをご存じでしょうか。その支援策こそが、経済産業省の主導で制度化され、全国の自治体が推進している「スタートアップビザ」です。
本記事では、この画期的な「外国人起業活動促進事業(通称:スタートアップビザ)」の仕組みを紐解き、世界の起業家が熱い視線を送る「渋谷区」の先鋭的な取り組みを紹介しながら、そのメリット・デメリットを含めてくわしく解説していきます。
目次
1. 経済産業省が主導する「スタートアップビザ」とは
まず、この制度がなぜ「画期的」なのか、その法的な建付けと仕組みを正しく理解する必要があります。
1. 「特例」による順序の逆転
通常の「経営・管理ビザ」は、すべての準備(ヒト・モノ・カネ)が整った「完了形」に対して許可が出されます。 対して、経済産業省が認定した自治体が運用する「スタートアップビザ(特定活動)」は、事業計画が確かなものであるという前提のもと、「準備期間」に対して許可が出されます。
つまり、「先にビザ(在留資格)を出して日本に住めるようにするから、その与えられた猶予期間(6か月~1年など)の間に、銀行口座を作り、オフィスを契約し、出資を集めて、会社を作りなさい」という、プロセスの順序を逆転させる制度なのです。
2. 全国に広がる「認定自治体」
当初は国家戦略特区(福岡市など)限定の試みでしたが、2018年に経済産業省が「外国人起業活動促進事業」として制度を全国展開するための告示を出し、現在では全国の主要都市がこの制度を導入しています。 この制度を利用するためには、「経済産業省から認定を受けた自治体」に対し、起業家が「起業準備活動計画書」を提出し、その自治体から「確認証明書」の交付を受ける必要があります。
ここでの重要なポイントは、「入管(法務省)」に行く前に、「自治体」が最初の審査を行うという点です。つまり、起業家はまず、自分がビジネスを行う「街(自治体)」を選び、その街に「私はここで成功します」とプレゼンテーションを行わなければならないわけです。
経済産業省ホームページ/外国人起業活動促進事業(スタートアップビザ)
2. 注目すべき渋谷区のスタートアップビザ
多くの自治体がスタートアップビザ制度を導入していますが、なかでも渋谷区の用意するスタートアップビザには、他の自治体にはない、極めて強力なインセンティブが設計されています。
メリット①:異例の「最長2年間」という準備期間
これが、渋谷区を選ぶ最大の、そして決定的な理由です。
「1年の壁」と「2年の余裕」
多くの自治体(東京都など)が運用するスタートアップビザは、基本的に「6か月更新」で、最長でも「1年間」で制度利用が終了します。 しかし、シリコンバレーの常識に照らせば、ゼロからビジネスを立ち上げ、投資家から資金調達を完了させるまでに、1年という期間はあまりにも短すぎます。 特に、開発に時間のかかるディープテック(AI、ロボティクス等)や、複雑なプラットフォームビジネスの場合、1年以内に黒字化や3,000万円の資本金確保ができず、志半ばで帰国を余儀なくされるケースが後を絶ちませんでした。
渋谷区の独自スキーム
渋谷区は、国の「外国人起業活動促進事業(経産省告示)」を最大限に活用し、独自の審査基準と支援体制を組み合わせることで、「最初の1年 + 更新による追加の1年 = 最長2年間」という、長期の準備期間を実現しました。 この「プラス1年」があることで、起業家は以下のような戦略を取ることが可能になります。
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1年目:プロトタイプ開発と、小規模なテストマーケティングに集中する。
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2年目:得られたデータを元にトラクション(実績)を作り、日本のベンチャーキャピタルに対して本格的な資金調達交渉を行う。
この時期を乗り越えるための体力が、制度として保証されている点は、渋谷区の圧倒的なアドバンテージです。
メリット②:最強の支援チーム「Shibuya Startup Support」
渋谷区には、「Shibuya Startup Support」(SSS)という、英語対応可能なプロフェッショナルチームが存在します。彼らは、単なる「役所の窓口担当者」ではありません。元起業家、コンサルタント、民間のプロフェッショナルが参画しており、起業家と同じ目線で「事業成長」を支援します。
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ビザの取得: 準備期間として2年間の在留資格を、渋谷区役所が取得してくれます。
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実証実験の場の提供: 渋谷区自体がフィールドとなり、新しいサービスの実証実験をサポートします。(例:公園を使ったドローン配送、高齢者向けのヘルスケアアプリ等)
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コミュニティへの招待: 渋谷区内に集積するベンチャーキャピタルや先輩起業家とのネットワーキングイベントに招待され、孤立することなく情報を得ることができます。
渋谷区ホームページ/Shibuya Startup Support
3. 渋谷区で起業する「デメリット」と「覚悟」
渋谷区のビザはメリットが大きい分、対象者には厳しい条件と覚悟が求められます。ここを理解せずに申請すると、ミスマッチによる不許可や、資金ショートの原因となります。
デメリット①:ビジネス分野の厳格な「限定」
ここが、東京都の制度(広域・全業種対応)との決定的な違いです。 東京都が「貿易」「飲食」「コンサルティング」など、幅広い業種を受け入れているのに対し、渋谷区は「高い成長性とイノベーション」を求めています。 具体的には、以下の分野に限定されます。
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健康・医療・福祉
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環境・エネルギー
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食品・農林水産業
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情報技術
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文化・芸術
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ファッション
つまり、「流行りのタピオカ屋を開きたい」「個人で中古車を輸出したい」「語学学校をやりたい」といった、いわゆるスモールビジネスや、既存の業態をそのまま行うだけのビジネスは、原則として対象外となります。 渋谷区が求めているのは、単なる「開業」ではなく、「渋谷から世界を変えるようなスタートアップ」なのです。
デメリット②:活動場所の「コスト」と「縛り」
このビザを利用する絶対条件として、「事業所を渋谷区内に置くこと」が義務付けられています。 ご存知の通り、渋谷区のオフィス賃料は日本でも最高水準です。
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東京都の制度の場合: 練馬区や足立区、八王子市など、比較的家賃の安いエリアでオフィスを借りてコストを抑える戦略が取れます。
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渋谷区の制度の場合: どんなに安く済ませようとしても、固定費は高くなります。
初期費用を抑えるために、渋谷区が認定したコワーキングスペースやシェアオフィスを活用することが必須となりますが、それでも毎月のコストは重くのしかかります。「渋谷」というブランドとネットワークに、その高コストに見合う価値を見いだせるかどうかが、経営者としての最初の判断となります。
4. なぜ「自治体の支援」が最大のメリットなのか?
ここまで、期間やコストについて解説してきましたが、実はスタートアップビザを利用する最大のメリットは、もっと本質的な部分にあります。 それは、「自治体による伴走支援(お墨付き)」が得られることによる、「日本社会における信用の獲得」です。
外国人起業家が日本で直面する最も高い壁は、法律や言語ではありません。「信用」の壁です。
1. 「家が借りられない」問題の解決
日本で外国人がオフィスや住居を借りようとすると、「保証人はいますか?」「日本の実績は?」「ビザは?」と矢継ぎ早に問われ、門前払いされることが日常茶飯事です。 しかし、スタートアップビザを利用すれば、「渋谷区(自治体)が認定した起業家である」という事実が、大家さんや管理会社に対する強力な説得材料になります。さらに、Shibuya Startup Supportは、外国人フレンドリーな不動産会社や物件を直接紹介してくれるため、この「最初の難関」をスムーズに突破できます。
2. 「銀行口座が作れない」問題の解決
マネーロンダリング対策の強化により、来日直後の外国人、しかも設立したばかりのペーパーカンパニーが法人口座を開設することは、極めて困難になっています。 ここで効いてくるのが「自治体の紹介」です。渋谷区などの自治体は、地域の金融機関と提携しており、「区のプログラムに採択された企業」として紹介状を出したり、担当者を繋いだりしてくれます。これにより、口座開設の審査の土俵に乗ることができ、成功率が格段に上がります。
3. 「ペースメーカー」としての自治体の役割
スタートアップビザを取得した後、起業家は月に1回、自治体との面談(進捗報告)を行う義務があります。 これを「面倒な監視」と捉えるか、「無料のコンサルティング」と捉えるかで、成否は分かれます。 「来月までにここまでは進めましょう」「この部分で詰まっているなら、専門家を紹介しましょう」といったフィードバックを毎月受けることで、起業家は孤独にならず、正しいマイルストーンに向かって走り続けることができます。この「強制力のある伴走」こそが、起業の成功率を高める隠れた要因なのです。
5. 渋谷区スタートアップビザ・申請から許可までのロードマップ
実際に渋谷区の制度を利用するための具体的なステップを解説します。
STEP 0:事前相談(Shibuya Startup Support)
まずは公式サイトからコンタクトを取ります。英語でのオンライン面談が可能です。ここで「自分のビジネスアイデアが渋谷区の対象分野に合致しているか」をざっくばらんに相談します。ここでの感触が良ければ、本格的な準備に入ります。
STEP 1:起業活動計画書の作成
これが合否の9割を決めます。単なる夢物語ではなく、以下の点を具体的に記載する必要があります。
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ビジネスモデルの革新性:既存のサービスと何が違うのか。
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具体的な収益計画:2年間のキャッシュフロー予測。
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資金調達計画:2年後にどうやって資本金3,000万円以上を達成するのか。
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渋谷区での活動内容:なぜ他の都市ではなく、渋谷である必要があるか。
STEP 2:書類提出と審査(面談)
渋谷区役所(またはオンライン)で、担当者および中小企業診断士などの外部専門家による審査を受けます。 ここでは、計画の実現可能性はもちろんですが、「起業家としての資質(情熱、グリット=やり抜く力)」が厳しく見られます。
STEP 3:確認証明書の交付
審査に合格すると、渋谷区長名での「起業活動確認証明書」が交付されます。これがいわゆる「推薦状」です。
STEP 4:入管への在留資格申請
渋谷区役所が出入国在留管理局へ「特定活動」の在留資格申請を行います。通常は本人が証明書を持って入管へ申請するのですが、個人の力で申請すると数ヶ月かかる審査も、自治体を経由することでスムーズに進められます。
STEP 5:来日・活動開始
ビザが許可されたら、渋谷区に住民登録をし、いよいよ活動開始です。ここから最長2年間の挑戦が始まります。
6. 比較と結論 ~あなたはどこで挑戦するのか~
最後に、あなたが選ぶべき道筋を整理します。
【ケースA:渋谷区を選ぶべき人】
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分野:IT、AI、Deep Tech、ファッションテックなど、世界市場を狙うイノベーション事業。
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フェーズ:じっくり時間をかけて開発・検証したい(2年間の猶予が欲しい)。
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リソース:高い家賃を払ってでも、「渋谷」というブランドと、SSSの強力なエコシステムを手に入れたい。
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結論:迷わず「渋谷区スタートアップビザ」に挑戦してください。審査のハードルは高いですが、それを超えた先には、日本で最高の起業環境が待っています。
【ケースB:東京都(または他都市)を選ぶべき人】
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分野:飲食、貿易、サービス業、コンサルティングなど、幅広い業種。
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フェーズ:早期に売上を立て、短期間で黒字化を目指す。
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リソース:まずはコストを抑えて小さく始めたい。家賃の安いエリアで拠点を構えたい。
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結論:「東京都スタートアップビザ」が最適解です。支援の質は渋谷に劣らず手厚く(ビジネスコンシェルジュ東京)、何より「場所と業種の自由度」が高いのが魅力です。
7. おわりに
どの都市を選ぼうとも、重要なのは「一人で戦わないこと」です。 異国での起業は、ただでさえ困難の連続です。だからこそ、スタートアップビザという制度を利用し、「自治体」という強力なパートナーを味方につけてください。
「ビザがないから無理だ」とあきらめることはありません。あなたの革新的なアイデアと情熱を受け入れる準備は、日本の自治体に整っています。 まずは、あなたのビジネスプランを携えて、渋谷区や東京都の相談窓口をノックしてください。そこから、あなたの夢が実現に向けて動き出します。



